大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10145号 判決

原告

大橋光雄

右訴訟代理人

河原﨑弘

森達

原告補助参加人

吉田藤一郎

被告

株式会社杉浦商店(旧商号株式会社藤塚建材店)

右代表者

杉浦英一郎

被告

杉浦英一郎

被告

杉浦孔清

右被告ら訴訟代理人

荒井秀夫

主文

一  被告株式会社杉浦商店(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、その営業時間内の何時にても、

1  被告会社の別紙計算書類等目録記載の書類を閲覧させ、又はその謄本を交付せよ。

2  被告会社の株主名簿(原告に関する部分を除く。)を閲覧、又は謄写させよ。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告会社との間においては、被告会社に生じた費用の五分の四を原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては、全部原告の負担とし、参加によつて生じた訴訟費用は、原告補助参加人と被告会社との間においては、その五分の四を原告補助参加人の負担とし、その余を被告会社の負担とし、原告補助参加人とその余の被告らとの間においては、全部原告補助参加人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一計算書類等の閲覧・謄本交付請求について

一請求原因1の事実(原告の被告会社の株主たる地位)は、当事間に争いがない。

二被告会社は、商業帳簿及び営業に関する重要書類の保存期間が一〇年間であるから、本件計算書類等のうち、原告が本訴請求をした昭和五〇年一二月一八日において既に一〇年間を経過した昭和三九年度以前のものについては、原告はその閲覧等の請求をし得ない旨主張するので、まずこの点につき、判断する。

株主は、特段の事情のない限り、株主総会終了後も、商法二八二条二項所定の書類の閲覧等を請求することができるものと解されるが、このような請求も、無期限に許容されるものではなく、株主は、商法三六条に定める商業帳簿及び営業に関する重要書類の保存期間である一〇年間を経過した書類についてまで閲覧をすることはできないものと解すべきである。

原告が本訴請求をしたのが昭和五〇年一二月一八日であることは、記録上明らかであるから、本件計算書類等のうち、右時点において既に一〇年間を経過した昭和三九年度以前のものについては、原告はその閲覧又は謄本交付を請求することはできないものというべきである。

三被告会社は、決算期の後においても計算書類等がいまだに作成されていないときは、株主がその閲覧等を請求することができない旨主張する。

しかしながら、会社は、株主から計算書類及び附属明細書の閲覧又はその謄抄本の交付の請求があつた場合には、既に作成され、備え置かれたものの閲覧等の請求に応じる義務があるばかりではなく、決算期の到来後になお計算書類等の作成・備置きがないときは、これらの書類を作成し、備え置いた上、その閲覧等の請求に応じる義務があるものというべきである。

思うに、計算書類等の公示の制度は、株主に対しては、その株主総会の審議の準備に資するのみならず、株主が常に会社の財産状態、経営成績等を把握して、代表訴訟の追行、取締役の違法行為差止請求等によつて直接取締役の業務執行を是正し、ひいては自己の利益をも擁護するための基礎資料の取得を保障しようとするものであるが、もし、計算書類等の作成・備置きがないときは、会社は計算書類等の閲覧等に応じる義務がないものと解するとすれば、会社は、これらの書類の作成・備置き義務の不履行によつて、その閲覧等の請求に応じるべき商法上重要な義務を免れ得るという不当な結果を招くこととなつて計算書類等の公示の制度は、全く実効性を欠き、その趣旨を全うすることができなくなると考えられるからである。したがつて、会社は、計算書類等が決算期後においても作成されていないことをもつて、株主に対し、その閲覧等を拒む理由とすることはできないものといわなければならない。

四本件計算書類等の閲覧等請求に対して、被告会社がその一部を別表一記載のとおり乙号証として裁判所に提出し、その写しを原告に交付したことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、別表一記載の乙号証がいずれも同表表示の各計算書類であることが認められるから、これらの計算書類については、原告は、既にその閲覧等の請求の目的を達したものというべきである。したがつて、被告会社は、原告のこれらの計算書類の閲覧等の請求に応じるべき義務はない。

五被告会社は、その法人税納付申告書に添付されている固定資産、借入金及び支払利子、役員報酬手当等及び人件費等の内訳書の閲覧等をもつて記載内容の共通する附属明細書の閲覧等に代えることができる旨主張する。

しかし、株式会社の計算書類及び附属明細書については、株主が株主総会の審議のために準備し、または、株主等が代表訴訟の追行等によつて取締役の業務執行を是正するという商法上重要な目的のために、その閲覧等の請求権が株主等に対して保障されているのであるから、たまたま会社に存在する法人税納付申告書添付の内訳書に計算書類の附属明細書の記載事項と共通する部分があるからといつて、株主等に対し、法人税の賦課、徴収の便宜のために提出されるこれらの書類の閲覧等をさせることによつて、附属明細書の閲覧等の請求に応じる義務を免れることはできないものというべきである。

そして、被告会社の右の主張が理由がない以上、本件請求に係る附属明細書の記載事項の一部に該当する事実がないことが、附属明細書自体の閲覧等を拒む理由とならないことはいうまでもない。

六よつて、被告会社は、原告に対し、本件計算書類等のうち、いまだ保存期間が経過しておらず、かつ、本件訴訟においてその写しの交付をしていない別紙計算書類等目録記載の書類を閲覧させ、又はその謄本を交付させるべき義務がある。

第二株主名簿閲覧・謄写請求について

一株主が株主名簿等の閲覧・謄写を請求するについては、正当の目的があり、かつ、会社の営業に支障を来さないことが要件であることは、被告会社の指摘のとおりであるが、右の正当の目的については、請求者がその存在の立証責任を負うものではなく、会社において請求者の不当目的を立証すべき責任を負うものと解するのが相当である。

二ところで、原告が被告会社の株主であることは、前記第一、一のとおりである。

被告会社は、原告が従前から被告らに対して損害賠償請求等多数の訴訟を提起して来たことからして、本件の株主名簿の閲覧請求は、これにより紛争の種を探し出して、被告らに痛打を加え、被告英一郎の原告に係る懲戒申立てに対する報復を果たそうとするもので、不当な目的に出たものである旨主張する。

〈証拠〉を総合すると、原告は、かつては、被告英一郎らとは訴訟委任を受ける間柄であつたが、被告会社の内部主導権争いに関与したことに端を発して不仲となり、同被告らの信用を失い、訴訟委任も解除され、また、電話加入権譲渡承認請求書の偽造等の疑いにより被告英一郎から弁護士会に懲戒申立てがされるに至つたこと、それ以来、原告は、被告らに対して報酬請求、損害賠償請求等多数の訴訟を提起したが、そのほとんどは請求棄却又は訴えの取下げに終つたことが認められる。しかし、これらの事実から直ちに被告会社主張の事実を推認することはできず、また、被告会社主張の事実に符号する被告会社代表者尋問の結果は、紛争当事者の推測の域を出ず、にわかに採用することはできない上、他に右主張事実を認めるに足りる適確な証拠はない。

したがつて、被告会社の前記主張は、理由がない。

三原告が被告会社から本件株主名簿のうち原告に関する記載部分の写しの交付を受けたことは、当事者間に争いがなく、当該部分については、原告はその請求の目的を達したものというべきである。

四よつて、被告会社は、原告に対し、本件株主名簿のうち原告に関する記載部分以外の部分を閲覧又は謄写させるべき義務がある。

第三慰藉料請求について

一原告が昭和二七年六月二日以来本件株式の株主であることは、前記第一、一のとおりである。

二被告英一郎が昭和二九年三月から同四九年一〇月二三日まで及び同五一年三月二四日から現在まで、被告孔清が同四九年一一月一四日から同五一年三月二三日までそれぞれ被告会社の代表取締役の地位にあつたことは、当事者間に争いがない。

三1  被告英一郎は、昭和三九年ころ原告に対し原告の被告会社の株主資格を争う本件株式帰属訴訟を提起したが、右訴訟は昭和五〇年八月二九日被告英一郎敗訴の判決の確定により終了したこと、その間被告会社が原告に対して株主総会の招集を発しなかつたことは、当事者間に争いがない。

2  原告は、被告会社が株主に配当すべき利益があつたにもかかわらず、原告には配当しなかつたと主張し、被告らはこれを争うので、まず、この点につき判断する。

〈証拠〉によると、被告会社は、昭和四二年一一月三〇日の決算期に四〇万五五八〇円、同四五年一一月三〇日の決算期に二万四七一三円の各当期利益を計上したが、これらをいずれも繰越欠損金の補填に充て、昭和四六年一一月三〇日の決算期に三六万五六四一円の当期利益を計上したが、これを利益準備金、別途積立金及び納税引当金に充てた上、残額を次期に繰り越し、昭和四八年及び同四九年の各一一月三〇日の決算期にそれぞれ九〇七万〇一九八円、一四八一万六〇三三円の各当期利益を計上したが、これらをいずれも納税引当金及び別途積立金に充てた上、残額を次期に繰り越したので、上記の各期についてはいずれも株主配当を行わなかつたこと、原告主張の期間のうち右の各決算期以外には当期利益を挙げた決算期がなかつたことが認められる。

四そこで次に、被告英一郎及び同孔清に前記三1の行為につき故意又は過失があつたか否かを検討する。

1  原告が本件株式の株主であることは昭和五〇年八月に至り判決により確定したこと、しかし、本件株式はもともと被告英一郎の所有であつたところ、同被告が昭和二六年ころ原告に被告会社に対するその増資無効等の訴えの提起を委任し、右訴訟の第一審で被告英一郎が勝訴したことにより、原告に対し五万円の報酬債務を負担し、昭和二七年六月右債務の弁済に関して本件株式の株券を原告に交付したことは、当事者間に争いがない。

2(一)  ところで、(1)〈証拠〉によると、原告が昭和二七年六月九日ころ被告英一郎に対し共和ゴム訴訟事件謝金として被告会社株式一〇〇〇株を領収した旨の記載のある領収証を交付したことが認められ、(2)〈証拠〉によると、以前に原告が提起した報酬金請求事件において被告英一郎の訴訟代理人が本件株式は代物弁済として原告に交付した旨主張したことがあることが認められ、(3)〈証拠〉によると、被告英一郎は、昭和三二年一月一一日原告に対する弁護士懲戒事件における取調べに際し、本件株式は原告に第一回の報酬分として差し上げたものである旨述べたことが認められ、(4)〈証拠〉によると、被告英一郎は、昭和二九年五月被告会社の代表取締役として原告に対し臨時株主総会の招集通知を発したことが認められる。これらの各事実からすると、原告が弁護士報酬の代物弁済として被告英一郎から本件株式の株券の交付を受けて、被告会社の株主となつたことが明らかであり、したがつて、この点についての被告英一郎及び同孔清の故意又は過失は、否定することが困難であるかのように思われる。

(二)  しかし、右(一)の(1)の事実については、〈証拠〉によると、この領収証は、原告から被告英一郎宛に一方的に送付してきたものであり、同時に記載されている二万五〇〇〇円の支払いの事実もないことが認められ、また、(一)の(4)の事実については、〈証拠〉によると、被告英一郎は、当時原告名が株主台帳に登載されており、また、原告を取締役から解任することが議題とされていたので、一応原告に対しても招集通知を発したことが認められる。

(三)  更に、〈証拠〉によると、原告が被告英一郎から本件株式の株券を預つた旨の原告から被告英一郎あての昭和二七年六月二日付預り証も存することが認められ、また、〈証拠〉によると、原告は、前記報酬金請求事件における準備書面(昭和三二年九月二六日付)に「これは一先づこれで収めてくれといい、後日金銭化する約であつた。これは原告にとり無価値であり、二審の看做成功報酬請求に際し買戻しを請求し得る。」と記載したほか、前記弁護士懲戒事件に関する日本弁護士連合会の昭和三二年八月二六日の審査会において、原告は、本件株式の株券について、被告英一郎が後日ちやんとするからといつて渡して行つたが、いつまでたつても実が入らないので、被告英一郎にこれでは困るではないかといつた旨説明していることが認められる上、〈証拠〉によると、本件株式は、原告が被告英一郎から交付を受けた昭和二七年六月当時にはほとんど無価値に等しかつたことが認められる。

(四)  以上の(二)、(三)の各事実を考え合わせると、前記(一)の各事実があるからといつて、本件株式につき代物弁済が成立し、原告が株主になつたということは、それほど明確なものとすることもできない。現に、〈証拠〉によると、原告と被告英一郎との間の本件株式帰属訴訟の判決は、第一、二審とも、結論的には原告が株主であることを認定しているものの、これについては前掲のもののうち幾つかを含む数個の反証が存することに言及し、これらを排斥するためにかなり詳細な説示をしていることが認められ、このことからも、前掲の反証は、本件株式の帰属の認定に対する反証として考慮に価するものということができる。

(五)  このように見てくると、被告英一郎及び同孔清が本件株式帰属訴訟において被告英一郎の敗訴が確定するまでの間原告を被告会社の株主と認めず、原告に株主総会の招集通知をしなかつたことについても、合理的な根拠があつたものということができる。

そして、以上のほかに、本件株式の代物弁済が成立し、原告が被告会社の株主となつたことが客観的に明白であつたとすべき事情を認めるべき証拠はない。

(六)  次に、被告英一郎及び被告孔清がその主観において、右代物弁済が成立し、原告が被告会社の株主であることを十分に認識していたのにかかわらず、あえて原告に対し株主総会の招集通知をしなかつたという主観的事情があつたか否かについて検討する。被告英一郎が被告会社の代表取締役として昭和二九年五月に原告に対し臨時株主総会の招集通知を出したことは、前認定のとおりであるが、これは、原告名が当時株主台帳に登載されていた上、当該株主総会の議題が原告の取締役解任であつたため、一応通知したものであることも前認定のとおりであるから、この点は、被告英一郎が代物弁済の成立等につき明確な認識をもつていたと認めるべき資料とすることはできない。また、他に、被告英一郎及び同孔清にこのような認識があつたことを認めるに足りる証拠はない。

3 以上認定の事実からすれば、被告英一郎及び同孔清の前記三1の行為につき故意又は過失があつたものと認めることはできず、ひいては被告会社の不法行為も成立しないことに帰するから、本件慰藉料の請求は理由がない。

第四結論

以上判示のとおり、原告の本訴請求は、別紙計算書類等目録記載の書類の閲覧又は謄本の交付並びに本件株主名簿(ただし、原告に関する部分を除く。)の閲覧又は謄写を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(加藤和夫)

計算書類等目録〈省略〉

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